「忙しいカッコいい人」と「忙しい自慢する嫌味な人」のあいだ

芸能人の若槻千夏さんが昔、テレビで「私、忙しい人が好きなんですよ。いつも暇やってる人はなんかちょっと・・・」みたいなこと言ってました。
確かに、いつも暇をしている人というのは、何か頼り甲斐がなくて、財布の甲斐性も乏しいかもしれませんね。

かといって、自分の人脈を誇示するような人は逆にカッコ悪い気もします。
さりげなく、人脈の広さ、「この人はこれだけ多くの人から頼られているんだ」ということを相手に伝えるには、どうれば良いのでしょうか。
docomoスマートフォンiPhoneを両方持つとかですかね、そしていろんな人と電話しまくる。
というか、そうせざるを得ない状況になる、というのが理想でしょうか。
言葉だけでなく行動を伴わないといけませんよね。
岸田秀さんの『ものぐさ精神分析』という本でも、こういう一節があります。

いつも忙しがっている人がいる。・・・そういう人を見るとわたしは、腹の底から馬鹿にしたくなる。「この人はよほど劣等感が強いのではないか。自分が何の役にも立たず、世の中から求められない恐怖が強すぎるので自分にはあちこちから頼まれている、仕事がいつもいっぱいあることを強調せずにはいられないのではないか」とつい思ってしまう。
学生時代、わたしはひまであった。世の中に自分以上にひまな人がいるとは思えないほどひまであった。毎日、朝か昼か知らないが、いやもう夕方になっているときもあったが、目が覚めると「さて、今日はなにをするかな」と考えて、結局、何もすることはないのであった。このまま。ふとんの中でわたしが何日じっとしていたとしても、それで誰が困る訳でもなかった。・・・博士課程を終えても職がなく、さらに2年ほどぶらぶらしていたが、あまりぶらぶらしているのも何なので・・・フランス政府給費留学生なるものの試験を受けてみたら、運良く受かった。・・・フランスでは、またまたわたしはひまであった。講義に出ても、ろくにわかりはしなかったので、そのうちあまり出席しなくなった。たいてい昼過ぎまで寝ていた。・・・まったく、することがなかった。女の子にもてでもすれば、ひまがつぶれるのだが、どういうわけか、もてなかった。・・・
フランスで暇を謳歌するってのも、ちょっとカッコいいかもですね、有閑階級みたいで。
無理して忙しくなろうとすること、仕事が忙しいことに酔って相手につい自慢してしまわないよう、気を付けないといけませんね。